DETOUR AHEAD

If you don't know where you are going, any road will lead you there.

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

リーダーについて

リーダーについての本3冊。

リーダーになる予定(予定っていうのも変だけどね)も見込みもないが、昔からこういう本をちょくちょく読むのが好きだ。難点は、ずっとまとめて読もうとするとだんだんつまらなくなってくること。内容が似たりよったりだからなのか、実際に舵とりに困ってるとか切羽詰まった状況じゃないと切迫感がないのか、本物のリーダーはこういった本を読んだりしないからなのかは分からない。


新将命(あたらし まさみ) 『リーダーの教科書』

いまひとつの上司を引きしめる、感じの本。条項が多すぎてやや散漫気味。
あっ、そうだー、やっぱりそうだったよねと思い出したのが、

「人間というのは、内面が外面を支配する面があるが、外面が内面を象徴するともいえる。実際、元気で前向きに物事を考えている人というのは、眼が輝いているものだ。」(218)と、

「部下にとって最悪な上司というもののひとつに、機嫌がみえみえという上司がいる。」(261)というお言葉。

これは仕事のいかんに関らずすべての人間に言えることである。高校生のときからずっと、ゲーテの目に憧れた。どこかの解説か何かにゲーテの瞳はいつ光輝くようで、年老いてなおその顔は好奇心に溢れたこどものように朗らかで明るかった、みたいな記述があった(いま手元の文庫本チェックしたけど見つからず。ご存じの方いらしたら教えてください)。あと、「人間の最大の罪は不機嫌である」っていう(たしか詩)もあったな。あれだけ人間の喜びと悲しみを、人の世の甘きと苦しをいと鮮やかに描いたゲーテが、どれだけハッピーなおじさんだったかは分からないけど、そのようであった(と、語り継がれた)こと。そういう人間になりたいと今も思う。


松下幸之助 『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』

松下電工の創始者のことば。印象に残ったところどころ

・素直な心になること(自分の都合のいいようなものの見方をしてはいけない)
・小さなことにはこだわらず、大きく生きる。
・一事に成功すれば万事に成功する。まずは成功のコツをつかむまでやめない。
・「成功する人の一言一句は全部相手の胸を刺すわけや」(75)
・「今までやってきたこと、それをいっぺん白紙に戻す。その知識にとらわれず、一からやり直す。」(104)
・和を第一とする。

とにかくつらくてもあきらめない、コツをつかむまでやり通す、粘り強く。というのが基礎にある哲学。
それに対して、耐えることよりも楽しむことに焦点を当てたほうがいいと言うのが、


『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』の著者 マーカス・バッキンガム

この本、マネージャーとリーダーの違いについて、すぐれたリーダー・マネジャーについて、継続的に成功するには・・・などについて書いてあるのだけど、冒頭のところにそれとは一見関係ないと思える「隠れた原則の一例―幸せな結婚生活について知らなければならない、たったひとつのこと」が面白くてよかった。

「幸せな結婚生活」についての研究によると、お互いの価値観、強み、弱みを正しく理解している(「愛は盲目」から覚めている状態)よりも、相手を過大評価する「肯定的幻想」を持ち続けている(盲目のまま)ほうが、愛は持続されるというもの。要するに、巷で言われる「錯覚」に満ちたうっとりが実は、良い関係を築く上で大変重要だということらしい。簡単に言えば相手を常に良いほうに理解する、ということだ。

相手が自分とは異なったものの見方をしていることを理解し、「おたがいの行動についてもっとも寛大な解釈を当てはめ、それを信じること」。

といってもこれは理想のイメージに相手を閉じ込めようとするとか、それに応えてくれない相手を責めるとかいうことではまったくない。基本的には相手が最高のパートナーだと信じていることが、寛容になれるコツということなのだって。確かに、と思う。これはこないだ読んだ『私はリトル・アインシュタインをこう育てた』に書いてあったことと同じで、それは子どもの今現在の能力のあるなし(実現可能性)は関係なく、「それができる」と信じていることが実際それを可能にするというものだ。ひとはときに楽観的なくらい自信過剰なほうが(非現実的な自信を持っていたほうが)、そしてそれを良い形で周りがサポートすればするほど、潜在していたものが、可能になる。人間の認識ってすごいな。自分がよく見えていないイタい状態にはなりたくないけど、現実的な自己評価で自分をみじめにもしたくない。

幼いころ、「無理じゃない」と「いってみなくちゃ分からない」が私の口癖だったという。高校生のとき国連で働くと言って家族にも友達にも「はァ?」という顔をされて、大学4年の春にTOEFLの受験勉強をし始めたときにも、家族にも友達も「はァ?留学?」と本当に海外に行くとは信じられていなかったふうの状況だったけど、たぶん、なんか心の奥深い部分で私は「できる(はず!)」と信じてたと思う。現実は、見えてなくちゃいけない。でもいつも少し、盲目でいたい。いろんな疑いを経ても、本能的に信じていていいことがある。

そしてリーダーは「ものごとがいまよりよくなるということを、本能的に、心から信じていなければならない」(75)そうである。しかも周りの人にもそう信じ込ませられる人こそ、リーダーなのである。自分の見ている未来を他の人に垣間見せることの人物が。

あと

・何をするかではなく、何をしないか が重要。
(「あなたが自己効力感を感じるのは―楽観的、肯定的で、課題に対して確固たる自信があると感じるのは―一日のうち何パーセントか?もっと簡単に言えば、あなたがほんとうに好きなことをして過ごしているのは、一日のうち何パーセントか?」)












スポンサーサイト
  1. 2010/08/05(木) 16:46:22|
  2. 読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

西水美恵子 『国をつくるという仕事』

去年の冬休みに帰国したときにも読もうと思っていて、ついぞ読めなかった本。すごく楽しみにしていたのだが、正直、ちょっと期待はずれだった。期待はずれというかなんというか、かゆいとことに手が届かないという感じ。なんとなく中途半端で、伝えることの少ない本になってしまっているように思われるのだ。というのも、著者の経歴からしたら、職務の現状や現地の実情、それに支援において本当に必要なもの、それを妨げているもの、などについてもっと詳細に語ることができ、かつ読者も学ぶことが多かったはずという印象を受けるからである。

著者の西水さんはプリンストン大学の教壇から降りて世銀に入り、「貧困撲滅」の情熱を持って途上国を飛び回る生活を23年間も続けておられた方である。その果てることない情熱の原点となったのが、解説で田坂広志氏が「原体験」と呼んでいる体験―著者が初めて調査のため訪れたエジプト、カイロにて、彼女の腕の中でひっそりと息をひきとったナディアという少女―だ。その時の彼女の表現はすごい。

「脊髄に火がついたような気がした。帰途の機上では一睡もできず、自分が受けた教育は何のためだったのか、何をするために経済学を学んだのかと、悩んだ。」

脊髄に火がつくような経験を、わたしもどこかでしたことを思い出した。しかしその後、私はまだ大学にいる。

開発関係の仕事に就きたいと思っている高校生・大学生には手始めに読んでみるのにいい本かもしれない。(現地の「リーダー」の働きについて知る上でも)。ただ難を言えば、各セクションがとても短くて、彼女が実際そこでどんな仕事をしたのかがあんまり見えてこず、情勢の表面的な紹介に終始している印象が否めない。それに、ひとつひとつが逸話としてものすごく心に訴えてくるようでもない。惜しい、と思う。








  1. 2010/08/05(木) 14:57:35|
  2. 読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

中島義道 『哲学の教科書』

哲学が何なのか分からなくなって、助けを求めて読んだ。だって『哲学の教科書』だもの。何か教えてくれるにちがいない。と思ったけど、まあやっぱり基本はよく分からなくて、でもそれなりに安心できる答えも与えてくれた。しかし、付箋したところを読み返すと、「あれ、そんなに大したことじゃないかもなあ」とか思ってしまうのが不思議だ。教科書と銘打つにはたぶん、だいぶ偏っているような気がする。語られるテーマは主に「死、時間、存在、自己と他者、因果関係、意思、意味、言語・・・」と網羅しているのだが。特に前半の「哲学とは何でないか」は、どういうわけかつまらなくて睡魔と格闘しながら読んだ。

哲学とは何であるか、著者曰く、それは「『死』を宇宙論的な背景において見つめることによって、この小さな地球上のそのまた小さな人間社会のみみっちい価値観の外に出る道を教えてくれます。そして、それは同時に本当の意味で私が自由になる道であり、不思議なことに自分自身に還る道なのです」(242)。「みみっちい」とはよく言ったものだね。

同意したメッセージとしては、哲学は技術的に役に立たない(というか何の役にも立たないかもしれない)、哲学は一種の病気である、哲学への不信に動揺する必要はない、屁理屈で何が悪い、しかしなんとなしに感じる哲学することの気恥ずかしさとうしろめたさ、職業哲学者になるにはやっぱり大学で教職に就くしかない・・・など。


巻末に紹介されている「哲学入門」入門書とそのた参考読書をメモっておく

大森荘蔵 『流れとよどみ』
左近司祥子 『「本当に生きる」ために』
西尾幹二 『ニーチェとの対話』
長井均 『<私>のメタフィジックス』
中島義道 『カントの人間学』

プラトン 『パイドン』
デカルト 『方法序説』
パスカル 『パンセ』
マルコム 『ヴィトゲンシュタイン』
ネーゲル 『コウモリであるとはどのようなことか』

別冊宝島 『現代思想・入門』
丸山高司・編 『現代哲学を学ぶ人のために』
飯田隆 『言語哲学大全』I~Ⅲ
岩波講座 『現代思想』全16巻
シュテーク=ミュラー 『現代哲学の主潮流』全5巻

神谷美恵子 『生きがいについて』
遠藤周作 『聖書のなかの女性たち』
三浦綾子 『生かされてある日々』
鈴木大拙 『禅問答と悟り』
高見順 『死の淵より』
小林秀雄 『モオツァルト』
トルストイ 『イワン・イリッチの死』
ジッド 『地の糧』
サルトル 『嘔吐』
カミュ 『異邦人』
カフカ 『日記』
ヘッセ 『クヌルプ』
ヘミングウェイ 『日はまた昇る』
トマス・マン 『トニオ・クレエゲル』
テネシー・ウィリアムズ 『ガラスの動物園』
キューブラー・ロス 『死ぬ瞬間』
カール・ベッカー 『死の体験』
加藤乙彦 『ある死刑囚との対話』
高氏明 『生きることの意味』
中島義道 『ウィーン愛憎』『戦う哲学者のウィーン愛憎』


「カルチュラル・スタディーズとは何か」なんて本を書くとしたらそれはもう研究者としてのキャリアの終わりだ。とうちの教授陣はみな苦笑いするが、どうなのかな。「~とは何か」っていう質問形態はとにかく、答えを出さないために問うような問いになってしまっていることが多いと思う。








  1. 2010/07/28(水) 22:55:33|
  2. 読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ダン・アリエリー 『予想どおりに不合理』

原題はPredictably Irrational - The Hidden Forces That Shape Our Decisionsである。私たちが何かを「選ぶ」とき、その背後にはどんな見えない力が働いているのだろうか。購買行動にしても、倫理的行動にしても、人生の行く道についても、なぜ私たちは「それ」を選び、それ以外を選ばないのか。例えば薬局で「あの」シャンプーではなく「この」シャンプーを選ぶときや、「無料」のおまけにつられてもともと買う予定ではなかったものを買ってしまうとき、そして、実は中身はほとんど同じなのにパッケージやイメージの良い方により多くお金を払うとき、私たちにそうさせているのは一体何なのだろうか。

本書は、アメリカにおける行動経済学(Behavioral Economics:人間の経済行動における心理的要因に注目する)入門書のベストセラーとなっているらしい。それもうなずける。とにかく面白い。古典経済学では長らく、人は合理的に行動するものだとされてきたが、近年の行動経済学の研究によっては、実際の人間は「不合理」な行動をとることがある(というか、ほとんどの場合そうである)ということが明らかにされている。何が合理的で何が不合理なのかの区別は難しいのだが、ここで言われている選択における合理性とは要するに、(経済)効果が最大になるような選択のことである。個人の経験による物事の認知の仕方(価値付け)や心理的な要因が、選択に影響を及ぼすのだ。人間は決して、つねに理性的な存在ではない。『予想どおりに不合理』は、行動経済学のさまざまな実験の紹介によって、それを示してくれる。しかも「不合理性はいつも同じように起こり、何度も繰り返される。」そしてそれは実際、日常で私の身にも「予想どおりに」起こっていること(まったく意識されないレベルで)なのである。

例えば、1章「相対性の真相―なぜあらゆるものは―そうであってはならないものまで―相対的なのか」では、相対性を高める「おとり」の選択肢によって選択が操作されることが明らかにされる。「エコノミスト」の購読案内を

エコノミスト・ドット・コム(ウェブ版のみ)の購読 $59
印刷版の購読 $125
印刷版およびウェブ版のセット購読 $125



エコノミスト・ドット・コム(ウェブ版のみ)の購読 $59
印刷版およびウェブ版のセット購読 $125

としてあったときでは、一番目の条件では84人がウェブ版とのセット購読、ウェブ版のみが16人、印刷版を0人が選んだのに対し、二番目の条件下では32人がセット購読、68人がウェブ版のみを選んだ。つまり、セット購読のお得度をアピールするような中間項目が追加されることによって、選択が操作されたと言える。相対的に比べることを可能にする「おとり」の選択肢(A・Bという選択肢に加えてA´)が加わることにより、Aが引きたたされるという効果があるのだ。この実験に基づいて、著者は出会いを求めるパーティなどには「あなた’」という、要するにおとりの友達を連れていくことが、デートに誘われる可能性を高めるかもしれないと言う。なぜならあなた’よりあなたのほうが「ちょっと何かが魅力的」だと感じさせることができるからだ。これは、なんとなく誰もが知っている法則のような気がする。

続く2章でも、アンカリング(係留)という意思決定への影響が紹介されている。あることに対して最初に下した決断やその判断の基準となったことが、いかにその後の未来の選択にまで影響を及ぼすのか。私たちが普段何気なく判断していること、つまり習慣づけられた決断は、私たちが最初に下した判断に影響されている。例えば、その品物やサービスから実際に得られる満足度や効用に見合うだけ(納得できるだけ)の値段で買っているだろうか?自分の行動は、自分でも気がついていないアンカーに従っているだけの可能性があるので、見直しの余地があるということだ。

巻末で著者が言うように、「この本で紹介した研究からひとつ重要な教訓を引き出すとしたら、わたしたちはみんな、自分がなんの力で動かされているかほとんどわかっていないゲームの駒である、ということだろう。わたしたちはたいてい、自分が舵を握っていて、自分がくだす決断も自分が進む人生の進路も、最終的に自分でコントロールしていると考える。しかし、悲しいかな、こう感じるのは現実というより願望―自分をどんな人間だと思いたいか―によるところが大きい。」(320)のである。

(これをカルチュラル・スタディーズ風に言うと、私たちは"Free to choose"という不自由の中にいるということだ。しかし、私たちは完全に恣意的に選択をコントロールされているわけではなくて、消費行動における主体の自由選択の可能性をより重視する研究もある。)

以下の章も、

3章 ゼロコストのコスト いかに「無料」につられてしまうか

4章 社会規範のコスト 社会規範と市場規範

5章 性的興奮の影響 性的に興奮状態にあるときの選択について

6章 先延ばしの問題と自制心 なぜ問題を先延ばしにしてしまうのか

7章 高価な所有意識 保有効果(所有しているものに過度な価値を感じ、手放せなくなる傾向がある)について

8章 扉を開けておく 可能性を失いたくないために、本当はそれほど価値のない扉にまどわされてしまう

9章 予測の効果 予測(先入観)がいかに判断に影響を及ぼすか。「知識が先かあとかで経験がかわる」

10章 価格の力 プラセボ効果について

11章 わたしたちの品性について その1 ごまかしと不正直について

12章 わたしたちの品性について その2 代替紙幣より現金のほうが正直になる傾向。電子商取り引きに関して;「現金が目にはいらなければ善心にたちかえれないわたしたちが、どうやって不正に傾きがちな心をコントロールするか」(303)

13章 ビールと無料のランチ 独自性要求(人と違うものを選びたがる傾向)、文脈効果(周囲の人が選んだものに影響される)について


と続くが、4章では自分が経験したのと同じエピソード&なんとなく疑問に感じていたことが説明されていたから特に面白かった。長くなるのでここには書かない。興味があれば読んでみてほしい。ちなみに4章のまとめは、「社会的交換に市場規範を導入すると、社会規範を逸脱し、人間関係を損ねることになる」(115)である。お金で愛は買えるのか?誰もが一度は思うような疑問が、さらに深まってしまような話である。











  1. 2010/07/23(金) 12:19:24|
  2. 読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アントニア・フェリックス 『プライドと情熱―ライス国務長官物語』

アメリカの政治に興味のある人や、ライス国務長官のファンの方にはいいかも知れない。私がこの本を読んで学んだのはライス国務長官のファーストネームがコンドリーザで、コンディという愛称で呼ばれていること、とてつもない鉄人的能力の持ち主だということ、そしてそれは差別に打ちやられてしまわないように、子供のころから「白人の子供よりも3倍優秀であれ」「人より2倍素晴らしくあれ」と、親と一族からの厳しい愛情の中で育ったという基盤があるからこそだということだ。ピアノもかなりの腕だったらしいが、15歳で政治学とロシア語に路線を変更。大学では国際政治学を専攻し、26歳で博士号を取得した後スタンフォード大学で学者としてのキャリアを歩み始める。教授になったのが若干38歳のとき。そして女性初、黒人初、最年少で副学長の座につく。その後ブッシュ政権の顔となったことは言うまでもないが、なんとも、驚くべき人物である。フォーブス誌2005年版では「世界最強の女性」ランキングで1位になったそうだ。確かに、最強である。(しかし、「女が強い」というのはどういうことであるのだろうか。)

内容については詳細が豊富なのだが、正直あんまり面白くなかったので飛ばし読みした。








  1. 2010/07/17(土) 10:51:40|
  2. 読書
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。