DETOUR AHEAD

If you don't know where you are going, any road will lead you there.

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「叫べ」/radwimps

私はradwinpsというバンドがとても好きで、たまにカラオケでも息切れしながら歌ったりするのだけど、今日youtubeを散策していたら「叫べ」という(たぶん)新しい曲を見つけた。毎日まいにちうんざりするほど繰り返しているひとつひとつの仕草のすべてが、実は新しい始まりであり、明日の自分に向けたメッセージだということ。それがこの曲の中につまっていた。でも、そういう希望に満ちた考え方ができると分かっていても、実際にそれらを人生の第一回目として生きるのはとても難しいことだ。

何ひとつ変わらない明日がやってくる。同じことの繰り返しでちっとも良くなった気がしない自分が、相変わらず一日の主人公。そういう日常に気がついている人間には、新しく人生を始めるとか、やり直すとか、新たな第一歩を踏み出すとか、そういう言葉がピンと来ないのではないかと思う。(まあ、人生が平穏無事で幸せなのかもしれない。)人生はあまりにも連綿と続いてしまっていて、自分に括りつけられた轍からひらりと身を引き離すことなんてできないのだ。少なくとも私は、私がわたしであるものの存在にわずかばかりの誇りを持ちながら、私がそれでしか構成されていなという事実を残念に思うことがある。だから「新しさ」を、なかなか生きることができないのである。

でもこの歌詞にはっとさせられた。


今日が誰かの人生のはじまりの一日目なんだよ
今日が誰かの人生の一番最後の日だったんだよ


前の歌詞からのつながりを考えると、たぶん人生の中の小人生みたいなものが想定されているから、この部分も誰もがその小人生の新たな終わりと始まりを迎えられるということなのだと思う。そしてそれと同時に、やはり一個の命、ひとりの人間の人生の始まりと終わりを歌っていると思う。今日この世界に生まれて、その人生のはじまりの一日を迎える命、そして今日、人生最後の一日を生き貫いた命がある。昨日と明日の間に挟まっている今日を生きているような私にも、かつてそういう人生のはじまりの一日目があったし、いつか人生の一番最後の日も迎えることになるだろう。そこには、昨日も明日もないのだ。つまり昨日はなかったし、明日はないだろう。

昨日がなかった日と、明日がない日のことを想像してみる。そうしたらつねに新しい気分ってこういうことかと、少し分かるような気がする。それから強烈な希望と、静寂に包まれた安息を感じる。もちろん、そのはじまりが希望に満ちているような命ばかりではないし、安らかに眠ることができない魂もあるだろう。それでも私は、少なくとも私の命について、私の今日には始まりと終わりがあるのを意識することで、昨日と明日の隙間に落ち込んではいない今日を感じられるような気がする。

昨日も明日もない今日を、私はどう生きるだろう。今のわたしには、昨日も明日もあってくれないと困る。でもそのために今日を色あせさせたくない。だから、こうして私も明日の私に挑戦状を書いておく。
















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  1. 2009/09/11(金) 07:41:20|
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