DETOUR AHEAD

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Turtles Can Fly / 亀も空を飛ぶ

観終わったあと、しばらく体が何か鉛に括りつけられたように重くて、動けなかった。体ばかりか心も、そう、私自体がすべて、何かに呪われてしまったかのように重いのだった。それでいてイメージの中にあったのは、ささやかな風ひとつで飛ばされてしまいそうな、何の重みも保証もない、一枚の紙切れだった。それは私の中で、依然として存在する(ように思える)この肉体と、実際の生の重み、そういうコントラストを為していたのかもしれない。こういった感覚的なことの他に、この映画について何を言えばいいのか分からない。

描かれているのはフセイン政権崩壊直前のイラクに生きるこどもたちである。混乱、略奪、境界、銃声、金、地雷、尊厳、そして絶望。両親も生まれ育った村も失った少女。地雷で両腕を失った少年。そこには私たちが期待するような「こどもらしさ」なんてひとかけらもない。一体彼らはいくつなのだろう?と錯覚する瞬間がたくさんある。映画の少女はどうにも立ち行かない状況で、フセインの兵士に乱暴されて産んだ盲目の幼児の足に重石を付けて川に沈め、そのあと自分も崖の上から飛び降りて命を絶った。中盤に、崖っぷちに座るこの少女を、両親を殺され兵士に虐待を受けたときの記憶が襲うシーンがあるのだが、彼女の生は、そこに立っているときも立っていないときも、どこにいても何をしていても、たぶん崖っぷちにあったのだと思う。そして恐らく、今でも世界中に、このような状況を強いられているこどもがたくさんいるのだと思う。

ほんとうに目をそむけたくなるようなシーンがたくさんあったのだが、この映画ではむしろ、私は耳をふさぎたくなった。実際にイヤホンを外さずにいられなかった場面がいくつもあった。こどもたちのけたたましい声、銃声、地雷の爆発音・・・そういった中で最も耳に残っているのは、盲目の幼児が「お母さん、どこにいるの?」と言いながら爆弾の廃棄物の中をさまようシーンである。「お母さん、どこにいるの?」私も幼い頃何度も口にしたであろうこの言葉、自分の命を守ってくれる母を必死に探し求める言葉。何か、この言葉が私には戦争で虐げられた人々すべての、叫びであり祈りであるように思えた。

人間の暴力や憎しみの輪は、いったいどこで断ち切れるのだろう。「いつになったら」などと、今の不可能を嘆いて時間的な解決に希望を託すのは、もはや現実的な言い方ではないような気がする。
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  1. 2009/07/10(金) 06:15:36|
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