DETOUR AHEAD

If you don't know where you are going, any road will lead you there.

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いま、人生にイエスと言う。

予告をすっ飛ばして新しい記事を書いている。限界効用とは英語でマージナル・リミナリティというらしい。気の合うともだちに教えてもらった。私にとっては普段は決して使うことのない単語だから、何年もしたらきっと特別な思い出を持つのだろう。言葉なんて本当は何でもいいんじゃないかと思うことがある。何を話しているかよりも、話していること自体が愛おしい瞬間がある。いや、ほんとうは、誰かと言葉を交わせることはいつも、特別でないことなんてないのだろう。

ライティングが佳境なのに、このブログに移る前に書いていたブログを読んでしまった。というのも、なぜか祖父の知人が、そちらのブログに書いてあった詩を読んでくださったと祖父に連絡があったと、夜のスカイプで母から聞いたからだ。2005年から書いていたブログ。ほとんど更新しないこともあったけれど、なんとなく閉じたりはしないで書き残していた。メモを思い出すために特定の記事をチェックすることはあったが、「読み返す」ことはなかった。それで今日、どんな恥ずかしいことが書いてあるかと思って読み返してみた。

私は果たして、ひとりではもてあましてしまうような偽りのなさを、人に見てもらうようなことができるようになったのだろうか。誰かの魂と響いたり、命を尊んだり、私が思い描いていたような底抜けに美しいところに、連れ去ることができるようになったのだろうか。揺れることを楽しんでこれたのか、耐えられないような震えや強度を生きることができるようになったのか。生きることとはまだ、耐えることだろうか。どうやって愛するかを少しでも学べたのか、今、何に試されているのか。私は今でも、闇に愛され、光に導かれているだろうか。人生の余白に、少しばかり何を書いたのだろう。自分の生き方に、大きなYesを言えるようになったのだろうか。

最近論文が煮詰まっているからか、人と比べたり、もっと違う選択肢があったのではないかと思ったり、小さなことをずっと心配したり、考えすぎて直観も行動も鈍ったり、打算的になったり―なんだか息が浅くて、なかなか眠れなくて、心も身体もしわくちゃになっていた。何をしても満足できない感覚がどこかで続いていた。そういう時期なのかもしれないし、そういう歳なのかもしれない。

でも今日過去の記事を読み返して、はじめて自分を許してあげてもいいと思った。ちょっとだけ、今しあわせになってもいいと思えた。もう長いこと、やっかいな自分と付き合ってきたのだから。たぶん、考えすぎるくせも、読み取りにくい表情も、変なとこで意地を張ってしまうのも変わらないと思う。でも、それでもいい。変わってもいいし、変わらなくてもいい。

これからは、幸せになるためじゃなくて、幸せでいるために生きる。きっとひとつの夢が終わったとき、ひとは新しい日を迎えることができるのだと思う。「道草」。回り道して学べることや見える景色がきっとある。そしてその道は、私の望むところへと必ず続いている。

















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  1. 2010/04/27(火) 09:07:11|
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