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五木寛之、香山リカ 『鬱の力』

「うつ」という言葉が日常でも頻繁に聞かれるようになったのは、いつの頃からだろうか。鬱病といえば何か暗い響きで、大変な精神病のように扱われていた時とは違う。最近では「プチうつ」などという言葉もあり、著者の香山リカによると、自分を鬱病だと信じて疑わない人や、むしろ鬱病と診断されたいという患者が増えてきているらしい。そんな状況に対し、本書は「鬱」と心療が必要な「うつ病」とは区別されるべきであり、鬱こそ「人間の優しさ・内面的豊かさの証」であり、戦後60年の「躁の時代」の終焉と、「一億総ウツ時代」の到来を予測する。五木さんによると、不合理・不確定な出来事への不安やエコロジーなどは「鬱の思想」である。自分の力だけではどうにもならないことがある。社会との、自然との、多様な人とのかかわりの中でなんとなく醸造されていく、無力感、あきらめの気持ち、なんだかよくわからないけど暗くなってしまうこと、確固たる基盤のない心細さ、出口の見えない不安・・・そういうところからくる「ウツ」を肯定的にとらえようという主張である。

後半部分ではうつな気分の由来が18世紀イギリスの「ノスタルジー」の流行に求められていたり、カスパー・ダービト・フリードリヒなどへの言及もあっていいと思ったが、全体的にはやや脈絡のない話の流れ。しかし人生は苦であるという出発点」という小見出しには「そうかー、そうだったな」と思わされた。

思春期のころから、「暗い」「冷たい」「覇気がない」「冷めている」と言われてきた(事実はともかくそう思われていた)私は、なぜ無理をして明るくしていなければならないのか、深い考えに沈んでいてはいけないのか、と疑問に思いつつ反抗していたものだ。今思えば、きゃぴきゃぴであるはずの女子中高生に対して大人がかける言葉としては、きわめてまっとうである。でも、わからなかった。なぜ自然を偽って、きゃぴきゃぴでなければいけないのかが。なぜ、妙に落ち着いていてはいけないのかが。若さとはただやみくもに、はしゃぎまわるためだけのものではない。(むしろ、歳はとったが今のほうがはしゃいでしまっている。)思い返せばあのころ、私は万年ウツだったし、そうでなければ大したことなんて考えられないと信じていた。しかし、「人生は基本的に苦しい」、そういう基本的な認識があったからこそ、危機的な状況でもなんとか耐えることができたし、次第にそれを楽しむことができるようになってきたのだと思う。でなければ、人の一生とは本当に、耐えがたいものだ。

ウツを許容したり、うまく付き合っていくことが重要になってきている。別にいつもいつも最高に明るくいなければならないなんてことはない。しかし、たぶん運は明るいところに集まるし、あんまりウツでいることに固執してしまって、いろいろなチャンスや本当に楽しいことをあえて見逃すのももったいない。要は、バランスか。

余談だが、この間飛行機で竹中直人の『僕らのワンダフル・デイズ』(映画)を見た。ウツというキーワードでふと思い出したので書いておくが、ほんと、ベタだけど笑えてしんみりできる映画だった。















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  1. 2010/07/28(水) 13:33:45|
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