DETOUR AHEAD

If you don't know where you are going, any road will lead you there.

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ああ、夏休み、、、の終わり

2010年、夏休みの総括。それにしてもこの歳になってまだ夏休みがあるってすごいことだな、と思う。友達の休暇に合わせて屋久島に行ったり、相変わらずおさななじみとカラオケ行ったり、友達と会ったり、花火を見たり、北海道に行ったり・・・南へ北へと、とにかく移動の多い夏だったけど、その合間にちゃっかり手足口病なんぞというものにもかかったりして、そのおかげで残念ながら会えなかった人もいたけど実に有意義な夏休みだった。とにかく体調が良くなかったのと暑いのも手伝って、さんざんポカリスエットとリポビタンDのお世話に。人と会っている時間が長くて、それ以外の時間は読み意地を張って読書してたら疲れちゃったらしい。日本に帰るたびに思うのは、帰ったら休もうと思って帰るのに、いつもなんだかいまいち休めてないこと。まあ、しょうがないか。結局、6週間の滞在で読めたのが50冊くらい。内容の軽い本なら、一週間に平均8~9冊ほど読めることがわかった。しかしだんだんまとめを書くのが面倒になってきて(というか起きてパソコンに向かうのがつらくて)、メモの打ち込みだけになってしまったのが残念である。

日本に帰っていた間はなんだか他人の都合に振り回されるというか、人に自分の時間をコントロールされることが多くてそれがちょっとストレスになった。誰かと一緒の時間を共有したり、誰かのために時間を使えるということは素晴らしいし、人生においてとても重要なことだと思う。人のために時間を使うということは最上のプレゼントであり、誠実なことだと思うから。でも余裕がなくなるとダメだね。自分の思うように時間が使えなくなる機会が増える(+精神的&体力的に余裕がなくて思ったとおりにスケジュールがこなせない)と、人に会うのが煩わしくなってしまう。そんな弱い自分にイライラしながら、ほんとに、とにかく自分がコントロールできることに集中しようと思った。病気になったり天気が悪かったり、急にやらなくちゃいけないことが持ち上がったり、親族の要請や希望にこたえて何かするべき状況は、自分ではまったくコントロールできないか、ほとんどコントロールできない。でも、友達との約束や本を読む時間など、選択の自由度が高いものはある程度コントロールできる。本当にしたいと思っていることと食い違うことをしている状態が長く続くと、すごく疲れてしまうんだということを身にしみて感じた。

とにもかくにも、母の手料理やその他のおいしいものをたらふく食べて、愛しい人々に会えてよかった。日本とイギリスを往復するときはいつも複雑な気持ちになる。自分で望んで来たのに、日本は窮屈だとも思うのに、いつまでたっても胸が痛くなる。はじめてイギリスに留学したときのこと、地元の駅に見送りに来てくれた母が、笑いながら泣いていた顔が忘れられない。見送られるのが嫌で、いつもスーツケースと一緒に最寄り駅まで車で送ってもらうことにしていたけれど、最近はそれも受け入れられるようになって、今回ははじめて成田まで送ってもらった。今年でもう、4年になる。エジンバラに着いた最初の夜、空港近くのホテルの一室で泣いていた夜から。英語もろくに話せないで、国際電話のかけかたも分からなかった。だから寮のネットがやっとつながるまでの一週間、家族に連絡できなかった。何もかもがはじめてで、毎日楽しいけど毎日落ち込んでたころ。スコティッシュのきつい訛りに打ちのめされて、ミーティングが終わるたび友達に教えてもらってた。寒くて、暗くて、雨風が強くて・・・レポート提出前、吹き飛ばされないように前のめりになって図書館まで行ったこともあった。〆切前の寮は論文製独房みたいになってたけど、深夜までそろって起きてる同級生の存在は心強くて、アドバイスをくれたり息抜きにさそってくれるPhDの友達は暖かかった。強いて言えばスーパーバイザーととことん気が合わなかったのが残念だったな。あとポンドが当時1ポンド250円だったこと。経済的に、外食はほとんどできなかったし、本も買いにくかった。コーヒー一杯飲むのとかペットボトル1本買うのもためらうくらい高かった。

なんて、今思い返してみれば笑えるけど。

ロンドンも今年で3年目。まだまだ新しいことがあるからがんばっていこー。相変わらず英語は恐いし、ネイティブじゃない劣等感はあるし、いまいち現実に疎い不安とか、そもそも博士課程終われるのかとか、いろいろあるけど、ロンドンでも愛しい人々に会えた。ありがとう。これからはもっと、怖れずにいきたい。そして素直にいきたい。

















  1. 2010/09/03(金) 06:52:46|
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リーダーについて

リーダーについての本3冊。

リーダーになる予定(予定っていうのも変だけどね)も見込みもないが、昔からこういう本をちょくちょく読むのが好きだ。難点は、ずっとまとめて読もうとするとだんだんつまらなくなってくること。内容が似たりよったりだからなのか、実際に舵とりに困ってるとか切羽詰まった状況じゃないと切迫感がないのか、本物のリーダーはこういった本を読んだりしないからなのかは分からない。


新将命(あたらし まさみ) 『リーダーの教科書』

いまひとつの上司を引きしめる、感じの本。条項が多すぎてやや散漫気味。
あっ、そうだー、やっぱりそうだったよねと思い出したのが、

「人間というのは、内面が外面を支配する面があるが、外面が内面を象徴するともいえる。実際、元気で前向きに物事を考えている人というのは、眼が輝いているものだ。」(218)と、

「部下にとって最悪な上司というもののひとつに、機嫌がみえみえという上司がいる。」(261)というお言葉。

これは仕事のいかんに関らずすべての人間に言えることである。高校生のときからずっと、ゲーテの目に憧れた。どこかの解説か何かにゲーテの瞳はいつ光輝くようで、年老いてなおその顔は好奇心に溢れたこどものように朗らかで明るかった、みたいな記述があった(いま手元の文庫本チェックしたけど見つからず。ご存じの方いらしたら教えてください)。あと、「人間の最大の罪は不機嫌である」っていう(たしか詩)もあったな。あれだけ人間の喜びと悲しみを、人の世の甘きと苦しをいと鮮やかに描いたゲーテが、どれだけハッピーなおじさんだったかは分からないけど、そのようであった(と、語り継がれた)こと。そういう人間になりたいと今も思う。


松下幸之助 『リーダーになる人に知っておいてほしいこと』

松下電工の創始者のことば。印象に残ったところどころ

・素直な心になること(自分の都合のいいようなものの見方をしてはいけない)
・小さなことにはこだわらず、大きく生きる。
・一事に成功すれば万事に成功する。まずは成功のコツをつかむまでやめない。
・「成功する人の一言一句は全部相手の胸を刺すわけや」(75)
・「今までやってきたこと、それをいっぺん白紙に戻す。その知識にとらわれず、一からやり直す。」(104)
・和を第一とする。

とにかくつらくてもあきらめない、コツをつかむまでやり通す、粘り強く。というのが基礎にある哲学。
それに対して、耐えることよりも楽しむことに焦点を当てたほうがいいと言うのが、


『最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』の著者 マーカス・バッキンガム

この本、マネージャーとリーダーの違いについて、すぐれたリーダー・マネジャーについて、継続的に成功するには・・・などについて書いてあるのだけど、冒頭のところにそれとは一見関係ないと思える「隠れた原則の一例―幸せな結婚生活について知らなければならない、たったひとつのこと」が面白くてよかった。

「幸せな結婚生活」についての研究によると、お互いの価値観、強み、弱みを正しく理解している(「愛は盲目」から覚めている状態)よりも、相手を過大評価する「肯定的幻想」を持ち続けている(盲目のまま)ほうが、愛は持続されるというもの。要するに、巷で言われる「錯覚」に満ちたうっとりが実は、良い関係を築く上で大変重要だということらしい。簡単に言えば相手を常に良いほうに理解する、ということだ。

相手が自分とは異なったものの見方をしていることを理解し、「おたがいの行動についてもっとも寛大な解釈を当てはめ、それを信じること」。

といってもこれは理想のイメージに相手を閉じ込めようとするとか、それに応えてくれない相手を責めるとかいうことではまったくない。基本的には相手が最高のパートナーだと信じていることが、寛容になれるコツということなのだって。確かに、と思う。これはこないだ読んだ『私はリトル・アインシュタインをこう育てた』に書いてあったことと同じで、それは子どもの今現在の能力のあるなし(実現可能性)は関係なく、「それができる」と信じていることが実際それを可能にするというものだ。ひとはときに楽観的なくらい自信過剰なほうが(非現実的な自信を持っていたほうが)、そしてそれを良い形で周りがサポートすればするほど、潜在していたものが、可能になる。人間の認識ってすごいな。自分がよく見えていないイタい状態にはなりたくないけど、現実的な自己評価で自分をみじめにもしたくない。

幼いころ、「無理じゃない」と「いってみなくちゃ分からない」が私の口癖だったという。高校生のとき国連で働くと言って家族にも友達にも「はァ?」という顔をされて、大学4年の春にTOEFLの受験勉強をし始めたときにも、家族にも友達も「はァ?留学?」と本当に海外に行くとは信じられていなかったふうの状況だったけど、たぶん、なんか心の奥深い部分で私は「できる(はず!)」と信じてたと思う。現実は、見えてなくちゃいけない。でもいつも少し、盲目でいたい。いろんな疑いを経ても、本能的に信じていていいことがある。

そしてリーダーは「ものごとがいまよりよくなるということを、本能的に、心から信じていなければならない」(75)そうである。しかも周りの人にもそう信じ込ませられる人こそ、リーダーなのである。自分の見ている未来を他の人に垣間見せることの人物が。

あと

・何をするかではなく、何をしないか が重要。
(「あなたが自己効力感を感じるのは―楽観的、肯定的で、課題に対して確固たる自信があると感じるのは―一日のうち何パーセントか?もっと簡単に言えば、あなたがほんとうに好きなことをして過ごしているのは、一日のうち何パーセントか?」)












  1. 2010/08/05(木) 16:46:22|
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西水美恵子 『国をつくるという仕事』

去年の冬休みに帰国したときにも読もうと思っていて、ついぞ読めなかった本。すごく楽しみにしていたのだが、正直、ちょっと期待はずれだった。期待はずれというかなんというか、かゆいとことに手が届かないという感じ。なんとなく中途半端で、伝えることの少ない本になってしまっているように思われるのだ。というのも、著者の経歴からしたら、職務の現状や現地の実情、それに支援において本当に必要なもの、それを妨げているもの、などについてもっと詳細に語ることができ、かつ読者も学ぶことが多かったはずという印象を受けるからである。

著者の西水さんはプリンストン大学の教壇から降りて世銀に入り、「貧困撲滅」の情熱を持って途上国を飛び回る生活を23年間も続けておられた方である。その果てることない情熱の原点となったのが、解説で田坂広志氏が「原体験」と呼んでいる体験―著者が初めて調査のため訪れたエジプト、カイロにて、彼女の腕の中でひっそりと息をひきとったナディアという少女―だ。その時の彼女の表現はすごい。

「脊髄に火がついたような気がした。帰途の機上では一睡もできず、自分が受けた教育は何のためだったのか、何をするために経済学を学んだのかと、悩んだ。」

脊髄に火がつくような経験を、わたしもどこかでしたことを思い出した。しかしその後、私はまだ大学にいる。

開発関係の仕事に就きたいと思っている高校生・大学生には手始めに読んでみるのにいい本かもしれない。(現地の「リーダー」の働きについて知る上でも)。ただ難を言えば、各セクションがとても短くて、彼女が実際そこでどんな仕事をしたのかがあんまり見えてこず、情勢の表面的な紹介に終始している印象が否めない。それに、ひとつひとつが逸話としてものすごく心に訴えてくるようでもない。惜しい、と思う。








  1. 2010/08/05(木) 14:57:35|
  2. 読書
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メモ

―「運」が良いとか悪いとか、ツキを呼び込むとか何とか言うけれど、それが最近、前にイメージしていたものとは全然性格の違うものなんじゃないかと思うようになった。それは実感としては「なんだかラッキー」なものかもしれないが、結局はある特定の行為や心情に対するリターンなのではないかと思う。その因果関係がはっきりと特定できないために、「とりあえずこうしたら運が良くなる!(かもしれない)」とか、その人の意思や努力とは関係ないとかいう話が出てくるのだろう。確かに個人の意思や努力と、その個人につく運は関係ないのかもしれない。ではなぜ、運を良くするとかしないとかいう話になるのだろうね。「あの人はたいした努力もしてないのに運がいい」とか。「運」とは世の中のどうしようもない不平等とか偶然性とか、不条理な出来事に折り合いをつけるためのアイディアなのか。

―男の女に対する「結局女にはかなわない」という言葉。それである程度のやんちゃやかっこつけは許容してしまえるように差し向けられる。ひねくれていると言われればそれまでだが、実際そういう口止め的なプレッシャーを感じている人はどれくらいいるだろう。賞賛はときに抑圧する力として働く。人は褒められると、けっこう何も言えなくなったりする。

―自分についての一貫性なんて意識して保つほどのものではないと思ってきたけれど、最近はどれが本当の自分でどれがニセモノということもないのだと思うようになった。「私」はわたしが思っているほど自らの意志の力によって支えられているわけではない。文脈によって、ころころ変わる。それでいい。ただ、すっぴんの自分というのはあって、それにどの程度近いか遠いかということはある。でも、だからといって他人の前で繕っている自分が「ニセモノ」であるということはないと思うし、常にホンモノの自分でいなければならないというのも、うさんくさいと思う。

―「そうは言っても・・・」ということばが理解できるほど年をとってしまったことに、少し悲しくなる。人の生は複雑だ。単純明快に見えるような私の人生においても、周囲はいつもそれなりに騒がしい。たぶんそう、思っていてもできないことはあるだろう。でも、大嫌いだったその言葉をきいても、「ああ、そうだねそんなこともあるよね、仕方ないよね」と言えるようになった自分に、若干のやさしさと若干の嫌悪感を覚える。「そうは言っても、にんげんだから・・・。」それがほんとうなら、私は人間でなくていい。そんな人間になりたくない。本気でそう思っていたのは、ついぞ3年ほど前のことである。このあきらめと正当化、そしてほんのわずかな暖かさと希望をたずさえたこの言葉を、自分に対しても口にする日がいつか来るのだろうか。

―なんと言われようと小難しいことを書き続ける!












  1. 2010/07/28(水) 23:34:58|
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中島義道 『哲学の教科書』

哲学が何なのか分からなくなって、助けを求めて読んだ。だって『哲学の教科書』だもの。何か教えてくれるにちがいない。と思ったけど、まあやっぱり基本はよく分からなくて、でもそれなりに安心できる答えも与えてくれた。しかし、付箋したところを読み返すと、「あれ、そんなに大したことじゃないかもなあ」とか思ってしまうのが不思議だ。教科書と銘打つにはたぶん、だいぶ偏っているような気がする。語られるテーマは主に「死、時間、存在、自己と他者、因果関係、意思、意味、言語・・・」と網羅しているのだが。特に前半の「哲学とは何でないか」は、どういうわけかつまらなくて睡魔と格闘しながら読んだ。

哲学とは何であるか、著者曰く、それは「『死』を宇宙論的な背景において見つめることによって、この小さな地球上のそのまた小さな人間社会のみみっちい価値観の外に出る道を教えてくれます。そして、それは同時に本当の意味で私が自由になる道であり、不思議なことに自分自身に還る道なのです」(242)。「みみっちい」とはよく言ったものだね。

同意したメッセージとしては、哲学は技術的に役に立たない(というか何の役にも立たないかもしれない)、哲学は一種の病気である、哲学への不信に動揺する必要はない、屁理屈で何が悪い、しかしなんとなしに感じる哲学することの気恥ずかしさとうしろめたさ、職業哲学者になるにはやっぱり大学で教職に就くしかない・・・など。


巻末に紹介されている「哲学入門」入門書とそのた参考読書をメモっておく

大森荘蔵 『流れとよどみ』
左近司祥子 『「本当に生きる」ために』
西尾幹二 『ニーチェとの対話』
長井均 『<私>のメタフィジックス』
中島義道 『カントの人間学』

プラトン 『パイドン』
デカルト 『方法序説』
パスカル 『パンセ』
マルコム 『ヴィトゲンシュタイン』
ネーゲル 『コウモリであるとはどのようなことか』

別冊宝島 『現代思想・入門』
丸山高司・編 『現代哲学を学ぶ人のために』
飯田隆 『言語哲学大全』I~Ⅲ
岩波講座 『現代思想』全16巻
シュテーク=ミュラー 『現代哲学の主潮流』全5巻

神谷美恵子 『生きがいについて』
遠藤周作 『聖書のなかの女性たち』
三浦綾子 『生かされてある日々』
鈴木大拙 『禅問答と悟り』
高見順 『死の淵より』
小林秀雄 『モオツァルト』
トルストイ 『イワン・イリッチの死』
ジッド 『地の糧』
サルトル 『嘔吐』
カミュ 『異邦人』
カフカ 『日記』
ヘッセ 『クヌルプ』
ヘミングウェイ 『日はまた昇る』
トマス・マン 『トニオ・クレエゲル』
テネシー・ウィリアムズ 『ガラスの動物園』
キューブラー・ロス 『死ぬ瞬間』
カール・ベッカー 『死の体験』
加藤乙彦 『ある死刑囚との対話』
高氏明 『生きることの意味』
中島義道 『ウィーン愛憎』『戦う哲学者のウィーン愛憎』


「カルチュラル・スタディーズとは何か」なんて本を書くとしたらそれはもう研究者としてのキャリアの終わりだ。とうちの教授陣はみな苦笑いするが、どうなのかな。「~とは何か」っていう質問形態はとにかく、答えを出さないために問うような問いになってしまっていることが多いと思う。








  1. 2010/07/28(水) 22:55:33|
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